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今回のミサイルの件でも

訓練を実施する、タイミングがとても早い東京都。


他の県では、防災訓練するのかな?


昔、陸自の隊員が東京の地下鉄に乗って
被災地に移動する訓練の写真を見たけど


救出・救護、応急医療活動などの初動対応訓練
ライフライン復旧訓練、生活支援訓練

こういう訓練は、自治体、各種インフラの会社と協力しないと
実施することは難しい。垣根を取っ払う必要がある。
羽田空港に自衛隊機が着陸して展開したのは記憶に新しい。




自衛隊は混乱した状況でもとても強い組織力を発揮する。


組織としての目標を理解して
優先事項を決定して
一人一人が、何をすべきか分かっていれば
その個人の小さい行動が、組織としての力を生む


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2009.03.30 装備品
パッキングをしていて、思ったんだけど

国内でも海外でも
こういった旅を何回かしてるうちに、
最初の一歩がどんどん重くなっていく
実は今とても戸惑っている。
(行ってしまえば解決することも知ってる)


最初に持っていく荷物はどんどん少なくなっていって
本当に必要なものだけと、本だけを持っていくようになる。

今回は電子辞書は持っていかないし
携帯電話も持っていかない。

ある意味では、デジタルな旅をしたくないって気持ちもあるんだけど

なんていうんかな。


経験というものを手に入れて


荷物はすごく軽くなってるんだけど
頭がすごく重くなってる気がする。

2009.03.30 コロナ
ケアンズにある安宿。コロナ。

一泊14ドル


corona.jpg


一番オーストラリアで、印象に残った安宿がコロナ。

沈没しかけたけど、前に進まなきゃ行けないと唯一思えた安宿。

さわに会い、JJさんに会い、全然英語の勉強にならなかったけど

19歳の誕生日を迎えた場所。


コロナの階段に座って、たくさん話をして

書ききれない思い出がたくさんある。

あん時は何するのが好きだったかなー。

糸と針と餌だけで釣りしてたっけなー

いろいろな人と会って
勉強になったなー。


一つ変わったのは、
コロナを出てから
ちゃんと話を聞いて
相手を尊重して
討論できるようになった


人との出会いは必然必要。

出会う人がみんな先生。

2009.03.30 Shook one Pt.2
好きな曲なのに和訳が・・・





好きなパンチライン
I am only 19,but my mind is so old
2009.03.30 英語
でも本当、俺も君も英語ができるのは財産だね。


横浜の居酒屋で帰国子女の大工に言われた言葉。



でも、オレもきつかったですよ。


の答えに


よく分かってるな


と下を向いて答えた彼は、きっとオレよりきつかったに違いない。
2009.03.29 旅の準備
これから起こる全てのことに冷静に向き合っていき
どこに行くかを考えながら、自分のバックパックに
どんな荷物を持っていこうかと考えるのはとても楽しい時間。



必要なのは
・パスポート
・お金
・自衛隊の時から使ってるビクノトリクスのナイフ
・どんな困難も楽しむ心
・知識と経験

要らないのは
・今まで築いた自分の地位
・偏った先入観



まったくゼロから始まるわけではないけど、
新しいキャンパスに、新しい感性と景色と人を焼き付けていくのは

楽しそうだ。

2009.03.29 just do it

be your self
2009.03.29 歩兵の本領


万朶の桜か襟の色
花は吉野に嵐吹く
大和男子と生まれなば
散兵戦の花と散れ


尺余の銃は武器ならず
寸余の剣何かせん 
知らずやここに二千年 
鍛えきたえし大和魂

2009.03.27 十人十色
サーフィン合宿では
数人のサーファーと
独自の人生論を語り
酒を飲み
移住サーファーと言う
ギリギリの生き方を選んだ
人の話はかなり熱く、真剣で
脆くて、どこか寂しげだった。


「本来の意味では可笑しいとは
自分で思っていないけれども、
熟々見ると、やはり模範ということに重きを置く結果、
どうもその自分と異なったもの、あるいは
世間と異なったものは可笑しく見えるのであります。
そういう風にそれを道徳上にも
応用ができます。
それから芸術上は無論の事ですね。」



「模倣と独立」にて夏目漱石は
こう言っていますが、
人それぞれ何を求めるか、
何に重心を置くか
というのは非常に
大事なことですね。



十人十色、という言葉を
本当の意味で理解するには
まだまだ時間が掛かりそうです。
実は昨日は誕生日だった。

特に何をするわけでもなく

友達の家でゴロゴロ本を読んだり


祝ってもらうだけでは、あれなんで

両親にメールをしてみた。


返信
はい、24歳ですね
ゆうきを育ている時に
幸せを もらいました。
これからも もらえると
思っています。


親に愛されているんだと
感じると、それが自分の自信に繋がる。


自衛隊を辞めて、
ティーンエージャーの冒険で
付けた自信も音を立てて崩れていき

何のために生きているのか
まったく分からず、気力も沸かず


数年間


人生の時間が19歳の自衛官のまま
止まってしまっていた。


再スタートには、時間と休みが必要だった。


自分が自分であるかどうかも分からず
時間を重ねるのは、とても辛いことだった。


やっと自分の意思を持って
自分で自分の駒を進められるようになった。


24歳になって
何か変わったかな


多分、何も変わってないし、
それでいい。
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